・コオロギを含む昆虫食品を巡る現状及び課題について(概要)
1.はじめに
近年、世界的な人口増加や所得水準の向上に伴い、動物性タンパク質の需要は増加傾向にあり、国際連合食糧農業機関(FAO)によると、2050年までに現在より70%以上増加するとの推計が示されている。一方、既存の畜産によるタンパク質供給は生産効率や環境負荷の面から、持続可能性の確保が課題とされている。
このような背景の下、代替タンパク源として、昆虫(以下「昆虫食品」という)、培養肉、植物由来肉など多様な資源の活用が国際的に検討されており、欧州食品安全機関(EFSA)においては、2021年より段階的に食用昆虫の認可が拡大されているところである。
本資料は、コオロギを中心とした昆虫食品について、賛否を論じるものではなく、現在入手可能な科学的知見及び制度上の状況に基づき、客観的に現状と課題を整理したものである。
2.コオロギ食品の特性及びその可能性
(1)栄養特性
コオロギは乾燥重量で42~45%程度とされる高いタンパク質含有量を有し、これは牛肉の約2倍に相当すると報告されている。
必須アミノ酸、ビタミンB12、鉄、亜鉛、オメガ3脂肪酸等を含むことが確認されているが、含有量は飼育条件により変動する。
また、動物実験(マウス)において腸内細菌叢の改善が報告されているが、ヒトにおける有効性については現時点では限定的なエビデンスにとどまる。
(2)環境負荷軽減の可能性
コオロギは飼育時の水使用量が牛と比較して約6,000分の1、温室効果ガス排出量は約100分の1との報告(FAO, 2022)があり、環境負荷軽減が期待される。ただし、ライフサイクル全体(LCA)で評価した場合、飼料生産や処理工程を含めると差が縮小する場合がある。
飼料効率が高く、35日程度で成虫化することから短期間で収穫が可能であり、食品残渣等を再利用した飼育が進めば循環型農業(サーキュラーエコノミー)への寄与も見込まれる。
(3)その他の利点
狭小な空間で高密度飼育が可能であり、可食部がほぼ100%であることから、加工性にも優れる。
特定の条件下においては、持続可能な開発目標(SDGs)のうち、目標2「飢餓をゼロに」、目標12「つくる責任つかう責任」等への貢献が期待されている。
3.コオロギ食品を巡る主な課題
(1)心理的側面
国内外の調査において、昆虫を食べることへの嫌悪感は依然として大きく、消費者の心理的抵抗は市場拡大における重要な課題とされる。
特に、形状がそのまま残る製品よりも粉末化した製品の方が比較的受容されやすい傾向があるが、粉末化に際しては乾燥及び粉砕工程を経る必要があり、脂質の酸化を防止するため脱脂処理や窒素充填が求められる場合がある。
(2)アレルゲン及び衛生リスク
コオロギには甲殻類(エビ・カニ)と共通するアレルゲン(トロポミオシン)が含まれており、甲殻類アレルギー患者の約40%がコオロギタンパクに反応するとの報告がある。
このため、将来的にアレルゲン表示の義務化や厳格な品質管理が検討される可能性がある。
また、自然界では雑食であり、腸管内に細菌や寄生虫を保有する可能性があることから、十分な絶食(クリアリング)工程や殺菌処理が必要となる。
(3)生産コスト及び技術的課題
安定した飼育には温湿度管理が不可欠であり、初期投資を要するほか、高密度飼育下では共食いや疾病発生が増加しやすく、適切な飼養管理が重要。
現時点ではコスト面で課題が大きく、例えば東南アジアでの報告では鶏肉の約3倍のコストがかかる事例がある。
更に、高タンパクな穀物飼料を多用する場合、CO₂排出量が鶏と同程度になるとの試算もあり、飼育方法により環境優位性が変動する。
(4)法規制及び制度的課題
昆虫食品は歴史が浅く、病原体や重金属等に関する国際的基準が未整備の部分が多い。
日本においては食品衛生法上、昆虫を特別に定義する規定はなく、一般食品として同法及び食品表示法、JAS法等の対象となる。輸入に際しては食品衛生法第27条、第28条に基づく届出及びモニタリング検査が行われる。
厚生労働省は2017年に「昆虫食の取扱いに関する留意事項」を都道府県等に通知し、製造場所の営業許可及び衛生管理を他の食品同様に求めているが、現状ではガイドラインレベルにとどまる。
食品表示法上、コオロギは原材料表示義務の対象であり、甲殻類アレルゲンとの交差を考慮し、消費者庁は任意でのアレルギー表示を推奨しているものの、義務表示の対象(特定原材料7品目)には現時点では指定されていない。
4.今後の展望及び留意事項
FAO及びWHOは、世界で既に20億人が何らかの形で伝統的に昆虫を食用としていると報告しているが、その多くは熱帯地域に集中しており、日常的な摂取は世界人口の少数派にとどまる。
日本においては気候上、飼育時の加温コストが高く、再生可能エネルギーを活用しない場合、むしろ環境負荷が増大する懸念も指摘されている。
コオロギにはキチン質が含まれるが、これはヒトの消化酵素では分解されにくく、表示上のタンパク質含量が必ずしも可消化量を反映しない可能性がある。また、特定の脂溶性ビタミンやオメガ3脂肪酸が既存の畜肉と比較して少ない事例も報告されており、栄養バランス確保の観点からは注意が必要。
さらに、昆虫の痛覚認知に関する科学的コンセンサスは未確立であり、動物福祉の観点からも引き続き検討が求められる。
5.結語
コオロギを含む昆虫食品は、現時点において既存の動物性タンパク質を全面的に代替する段階には至っていないものの、多様なタンパク資源の一つとして、環境負荷軽減及び将来的な食料安定供給に資する可能性を有している。
一方で、心理的障壁、アレルゲン管理、飼育コスト、法規制の整備状況等、解決すべき課題は多岐にわたる。今後も科学的エビデンスの収集と、それに基づくリスク評価及び制度整備を進めるとともに、消費者への適切な情報提供を行いながら、慎重に取り扱っていくことが重要である。
参考
・https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sosyutu/attach/pdf/pdf/23042700_insect..pdf(農林水産省)
利益相反(COI開示)
本資料の作成にあたり、著者は昆虫食品関連の企業、団体、または研究資金提供者との金銭的・非金銭的利害関係を有していません。
